朝日新聞記者によりK・Yと落書きされた珊瑚礁
1989年(平成元年)5月17日水曜日 朝刊5面社説 痛恨の思いを今後の戒めに

四月二十日付の本紙夕刊に掲載した「サンゴ汚したK・Yってだれだ」と題した
写真記事は、新聞人として絶対にしてはならない報道であった。

私たち朝日新聞社のカメラマンが、沖縄・西表島沖に生息する巨大なサンゴに
自分で傷をつけ撮影したものだった。

これは、事実を報道するという新聞の使命に反する。報道の名のもとに、
自然を傷つける行為も、許されるものではない。
本紙の読者に、そして自然を大切にしようと願っている人びとに、心から、
深くおわびする。

報道の姿勢、自然を痛めた行為などに対して、たくさんの批判が寄せられている。
その一つひとつを、私たちは自省、自戒とともにかみしめている。

写真の掲載から「おわび」の掲載までに、事実の確認などでかなりの時間が
かかった。この点も厳しく反省したい。

今回のカメラマンの行為は、良識ある人間のすることではない。かけがえのない
地球を汚すふるまいである。弁明は、いっさい許されない。

さらに自然環境保全法にも違反する疑いがあり、処罰の対象になりうる。

「事実を正確に。なにより事実を」。私たちはつねに、みずからにそう
言い聞かせて報道にあたってきたつもりだ。経験の浅い記者には、繰り返し
そう教えてきた。それは、取材し報道する者の基本姿勢である。

「自分は事実に忠実だろうか」。全ての報道について、私たちはそう自問し、
自戒するよう心がけてきた。事実と報道とに隔たりが生まれる恐れは、いつも
つきまとっているからだ。

高さ四メートル、周囲二十メートルの現場のサンゴは、アザミサンゴとしては
世界最大とされ、環境庁は周辺を、人の手を加えてはならない特別な地区に
指定した。だが、付近にはダイバーの背負うボンベなどによって傷のついた
サンゴもある。取材のもとの意図は、自然破壊の現状を訴えることだった。

ただ、目的のために手段を選ばないやり方では、批判は免れない。今回は、
手段に致命的な過ちがあった。

先日の社説で私たちは、沖縄・石垣島の白保海域のサンゴについて「一刻も早い
保護対策を」と訴えた。夏に増えるサンゴめあての観光客も念頭にあった。しかし、
場所は違うが、サンゴを傷つけたのは同僚であった。私たちは強い衝撃を受けている。

こうした事態が、なぜ起こったのか。本社は事実調べに沿いながら、その点を
さらに究明しているところだ。

ふたたび起こさないために、なにをすべきか。この課題に、私たちは力をつくして
取り組んでいく。

環境破壊に関する記事だけではない。今度の問題によって、朝日新聞の報道全体に
対する信頼が損なわれることを、私たちはおそれている。

一つの行為が新聞の信頼を大きく傷つける。その信頼を回復する道は平たんでは
ないが、私たちは一歩一歩、進んで行きたい。

サンゴが目に見えて成長するには百年の単位の歳月を要する。西表島の海底
十五メートルの巨大アザミサンゴには、きわめて残念なことだが、私たちを長く、
厳しく戒める傷が刻まれたことになった。本紙の縮刷版にも、この記事は残される。

みなさんから寄せられた批判は、謙虚に受けとめたい。そして、これからの
紙面の内容で、それにお答えしたいと思う。

※「メートル」は機種依存文字だったので書き換えました。

社説 痛恨の思いを今後の戒めに
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